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広島高等裁判所 昭和24年(新)150号 判決

控訴人 被告人 中山重雄

弁護人 勝部良吉

検察官 木下猛雄関与

主文

本件控訴はいずれもこれを棄却する。

当審における訴訟費用は全部、被告人等の連帯負担とする。

理由

被告人等弁護人勝部良吉提出に係る控訴の趣意は、別紙控訴趣意書と題する書面記載の通りである。

第一、被告人中山重雄関係の控訴の趣意について、

所論は原判決の刑の量定が不当であることを理由とするのであるが、刑事訴訟法第三百八十一条においては、このような場合には控訴趣意書に、訴訟記録及び原裁判所において取り調べた証拠に現われている事実であつて刑の量定が不当であることを信ずるに足りるものを援用しなければならないと規定しているのに、所論は単に本件記録に徴すればというに止まり、訴訟記録及び原裁判所において取調べた証拠のいずれの事実から刑の量定が不当であるかを信ずるに足りる具体的事実を指摘するところがない。従つて、被告人中山重雄関係の控訴趣意は不適法であるといわなければならない。

第二、被告人上原正次郎関係控訴の趣意について、

所論は、賍物運搬罪として起訴せられた被告人に対し、原審第二回公判期日において、検察官が訴因を窃盗罪と変更し、原裁判所がこれを許容したことを攻撃するものであるが、刑事訴訟法第三百十二条第一項においては、公訴事実の同一性を害しない限度において訴因の変更が認められるものである。事実が同一であるためには具体的事実として枝葉の点まで同一である必要はなく、基本的事実関係即ち重要な事実関係が同一であれば、公訴事実の同一性を害しないのである。それは当事者訴訟主義の基礎の上に職権主義を加味した現行刑事訴訟法から見て、訴訟純理には、多少反するようであるが、若しこのような訴因の変更が認められなければ、本来の訴因について証明がなければ裁判所は、これに対して無罪の言渡をしなければならないし、一旦無罪の言渡がなされるならば、苟しくも事実が同一である限り再び別の訴因で公訴の提起はできない結果となる不合理を避けるための便宜的規定である。このため被告人の防禦に実質的な不利益を生ずる虞があるときは、被告人に充分な防禦の準備をさせるため必要な期間公判手続を停止すべきことを同条末項に規定し、訴因変更によつて被告人に不利益を蒙ることをなからしめているのである。従つて原審において、検察官が起訴当時の訴因であつた賍物運搬罪を窃盗罪と変更したが、犯罪の基本的事実関係において、変更はないからこの訴因変更は適法であり、被告人の防禦に実質的な不利益を生ずる虞がなかつたことは弁護人において異議なき旨述べている点から見ても明らかである。

要するに所論は、訴因について独自の見解を主張するに過ぎないものであつて、理由がない。

よつて刑事訴訟法第三百九十六条第百八十一条に則つて主文の通り判決する。

(裁判長判事 三瀬忠俊 判事 和田邦康 判事 小竹正)

弁護人勝部良吉控訴趣意書

第一、被告人中山重雄関係 被告人中山に対する原審の量刑は不当に重きものと思料する即ち本件記録に徴すれば、

(一)本件被害品は何れも所有者に復帰し実害は全然ない、斯様に財産犯に於てその被害が皆無に帰すればその処罰価値は大いに減ぜられ寛刑に値する。

(二)被告人は現に一定の職業に就いて居り又確固たる引受人もなく再び犯罪を為す様な虞はない。

(三)被告人の家庭には目下姙娠中の内縁の妻が唯一人被告人の帰宅を待つて居り被告人が長期の刑に服するに於ては家族の生計を危殆ならしめ一家の悲惨事を惹起する虞がある。

以上諸般の事情を綜合して考えるとき原審に於て被告人に対し懲役一年を言渡したのは量刑重きに過ぎこの点に於て原判決は破棄さるべきものと思料する。

第二、被告人上原正次郎関係 本件記録に徴すれば原審に於ては不適法な訴因変更を許容しこれに基いて審判を為している。

即ち当審の公訴事実は被告人中山茂は昭和二十四年三月十五日午前五時頃前記被告人中里久一が窃取せるゴム長靴及び洋傘を賍品たるの情を知り乍ら山口県豊浦郡川棚村より同郡黒井村迄運搬したものであると明示されていたのを第二回公判期日に於て検察官より各公訴事実を被告人中山重雄上原正次郎の両名は共謀の上 (1) 昭和二十四年三月十五日午前三時三十分頃山口県豊浦郡川棚村字高砂河上隆方に於て家人就寝中施錠なき表出入口の硝子戸を開きて屋内に侵入し四畳半の間にありたる同人所有の洋傘一本オーバー一枚合計一万五千円相当を窃取し (2) 更に同日午前四時三十分頃同村字下畔四〇五番地村田文作方に至り家人就寝中裏側雨戸を開きて屋内に侵入し土間及台所にありたる同人所有のゴム長靴一足及トランク一個在中品帯、衣類、ズツク靴等七点合計時価九千八百五十円相当を窃取したものであるという様に訴因を変更し原審裁判所にもこれを認めて審判しているがこの訴因変更に明らかに刑事訴訟法第三百十二条第一項の制限を超えて為されたものと思料する。即ち同条によれば公訴事実はその同一性を害しない限度においてのみ訴因の変更を認めているが本件賍物運搬の事実と窃盗の事実は何等同一性を認めることは出来ない本来窃盗罪は他人の賍物を不法に取得(奪取)することがその本質であるのに反し賍物運搬罪は窃盗のみに限らず所謂奪取行為によつて得た財物(即ち賍物)をその情を知り乍ら単に場所的移転するによつて成立しての両者間には何等社会的事実としての同一性を見出すことは出来ないのであつてこの点に於て検察官の前記訴因変更は公訴事実の同一性を害しないという限度を超えたもので不適法でありこれに基いて審判せる原審判決は畢竟その手続法令に違反して居り破棄を免れないものと思料する。

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